無量山自然院 大成寺 Home
境内案内

   本堂    金毘羅堂  
   明治の創建以来、増改築および修繕を繰り返してきた前本堂を取り壊し、平成21年に現本堂が完成、翌22年6月に落慶法要を厳修しました。
 総木造で瓦葺き、9間四方の本堂です。
 
 大成寺より古い歴史を持つ。元は白糠にあり佐野孫衛門の支配人で幕府公認のアイヌ語通訳である豊嶋三右衛門が祭祀。豊嶋氏は大成寺創建に関わり、明治17年に寺号公称の後、翌年金毘羅堂を白糠より現境内に遷座。毎月10日に海上安全などを願い供養しています
 納骨堂   庫裏
 昭和53年に完成。3階建て。一階が会館、2階3階が納骨堂となっています。
 現本堂新築に伴い、エレベーターを完備して、庫裏、本堂、そして納骨堂の3階まで車椅子でご利用いただけるバリアフリーとなりました。
 
 平成5年に完成。1階に事務室、また待合ロビーと法事などに利用する台所と最大80畳の大広間があります。2階は僧侶の応接間など。
 通常、御檀家さま並びに参拝者は、こちらからお寺に出入りいただきます。入り口に車いすのスロープ有。
山門    薬医門
   昭和58年、大成寺開基100年並びに第7世の晋山(住職になること)を記念して建てられました。その姿は茨城県古河市にある土井利勝公の菩提寺である正定寺の山門を模して作られました。第五世乗傳上人、第六世正亮上人は共に正定寺の出です。宮大工の手による総木造建築です。    現本堂新築にあたり、山門に続く参道の入り口に本堂新築に伴い、現住職の発願で建てられた木造瓦葺き四脚の門です。左の寺号石は大成寺6世正亮上人が師と仰いだ総本山知恩院第85世藤井實応上人、(当時大本山増上寺84世)のご宸筆

 二臂如意輪観音   名号碑    慈母観音   
 大正13年、米町の真言宗西端寺の住職近藤快應と同寺総代・細川杢蔵が発願し、始まった釧路33ヶ所霊場の第7番霊場。大成寺3世智遵上人が来釧前、小樽天上寺境内の二臂如意輪(にひにょいりん)観音堂に住職していた事から、同じ観音様一体を選ばれたようです。  昭和50年5月に参道境内造成竣工記念として本堂向いに建てられた浄土宗開宗800年慶讃之碑。題字の名号は浄土宗大本山増上寺第82世法主椎尾辨匡(しいおべんきょう)大僧正の筆です。
 椎尾大僧正は過去大成寺に度々来寺。その時に賜った御宸筆です
 
   昭和34年8月お檀家の佐々木キヨ氏が寄進造立された慈母観音です。 
劈頭宣言の碑    庚申塚    不動堂  
平成13年8月大成寺第六世藤井正亮上人が自身の卒寿記念として名号碑横に建碑。浄土宗21世紀劈頭宣言を記します。
 明治22年に大成寺境内に建てられ昭和36年に田村友太郎氏によって現在の金毘羅堂脇に移設。
 庚申信仰は中国の道教に始まるが、後に仏教と結びつき治病、大漁祈願等の御利益があるとされます。
庚申塚(外部リンク)
 
  市内の信徒さまが建てられ管理している。大成寺境内の金毘羅堂脇にお預かりしている御不動さまの御堂。  
孝子碑           
明治27年に大成寺のお檀家の菊池幸助氏が篤行者として孝子の称号を賜り、その一周忌に建てられた金毘羅堂脇にある碑。
 明治初期、開拓時代には篤行に秀でた者に篤行賞与金を官庁より賜る制度があったといいます。
 
       
 

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